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確信するとはどういうことか考えてみよう

Insight

2021.01.28

ディレクター 前田英治

日本も脱炭素社会を目指すことに

菅首相は2020年10月、所信演説表明の中で「2050年までに脱炭素社会」実現を目指すことを明らかにした。それに続くように経済産業省は2020年12月にグリーン成長戦略を策定し、その中で「遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車100%を実現できるように包括的な措置を講じる」と述べている。また、東京都も12月、独自に「2030年までに新車販売をすべて電動車にする」という目標を掲げた。

このような政府主導の脱炭素社会実現に向けた動きに対し、トヨタ自動車の豊田章男社長は国家のエネルギー政策を方向転換しないことにはその達成は厳しいとの意見を表明し、話題となった。前段の首相の発言を皮切りに産業界を巻き込んだ発言が飛び交い、にわかに「脱炭素社会」「カーボンニュートラル」といったキーワードが毎日のように目にすることとなっている。

そもそも2050年までにカーボンニュートラルを目指す動きは2015年のパリ協定以降、イギリス、フランスで法制化され、EUとしても達成目標を国連に提出。今や世界中の国々で同様の目標が掲げられており、日本は後を追う立場になっている。

カーボンニュートラルが叫ばれる背景には、二酸化炭素(CO2)やメタンなどの温室効果ガスが地球の温暖化を進行させているという学説の影響があるだろう。温暖化が進むと海水面の上昇などにより現在の人間のライフスタイルを維持することは徐々に困難となる。もしこれが可能性の高い未来なのであれば、人間社会にとって大きな課題である。

ここでは、起こっている事象を二つに切り分けてそれぞれ考えてみることにしよう。つまり、「地球が温暖化している」という現象自体と、「その対応策としてCO2の排出量を削減するべきという説の根拠」のニつである。

「地球が温暖化している」という現象

地球は本当に温暖化しているのだろうか。

温暖化の議論でよく引用されているのは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表している第5次評価報告書の内容である。この報告によると、1880年から2020年までの140年間において、陸域と海上を合わせた世界平均地上気温は0.85℃上昇しているとのことである。感覚的にいうと、大阪と宮崎くらいの平均気温の差ということになる。九州南部は温暖なイメージがあるが、大阪が140年かけて宮崎になったという感覚である。

140年というとおおよそ人間で3世代分くらいの期間であり、かなり長く感じる。一方、地球ができたのは今から46億年前とも言われており、地球からすると140年というのはほんの「一瞬」にしか過ぎない。直近140年の気候変動の動きを見る上で、地球の歴史の全体像の中での位置付けを知っていたほうが良さそうだ。

ミランコビッチ・サイクル

地球の公転軌道は楕円形を描いているが、その離心率は変動しており、現在は真円の方向に向かっている。離心率の変動には周期があり、約10万年の周期で楕円と真円の間を行ったり来たりしている。また、地軸の傾きは23.4°と覚えている人も多いかと思うが、これも周期的に変動している。さらに傾きを一定とした場合でも、倒れかけのコマのように地軸が円を描きながら回っている。これら地球の3つの軌道要素がもつそれぞれの周期的変動が、地球の気候に密接な関係を持っている。この関係は発見者の名前をとって、ミランコビッチ・サイクルと呼ばれている。

ミランコビッチ・サイクルの理論によると、公転軌道が真円に近づくタイミングが一つのペースメーカーとなって地球に氷河期をもたらしている。今後(といっても今後10年なのか100年なのか、1000年なのかは分からないが)、確実に起こるのは寒冷化と氷河期の到来の方であるとも言える。

さらに、上述の3つの軌道要素はそれぞれ異なった周期を持っている。振り子の先にもう一つ振り子をくっつけた2重振り子の動きは、それぞれは振り子の単純な周期的運動でしかないはずが、2重にした途端にこの動きを予測することが不可能となる。地球の気候も同様に、少なくとも3つの軌道要素の相互作用の影響を受けているため、10万年周期で氷河期と温暖期が繰り返されるといってもその間の気候変動はかなり複雑な様相を呈しており、その変動の仕方は単純な線形モデルで表現することは不可能である。

こうしたカオス的動きが想定される地球規模の気候変動について、大気中のCO2濃度というパラメータだけでその将来変化がどこまで予測できるのかという点は、少々疑問に感じるところではある。

CO2の排出量を削減するべきという説の根拠

次に、CO2の排出量削減の動きについてみてみよう。

CO2の大気中の濃度は産業革命以後、増加し続けている。その動きと、この140年の気温の上昇に因果関係を見出そうとするのがIPCCが採用するCO2主因説である。

南極の氷床から調べられた過去の大気のCO2濃度は西暦1000年頃から280ppm前後で安定してきたのが産業革命後は急増し、現在は400ppmに到達しようとしている。ここ140年近くで400ppm近くまで増加しているのだから、増加のペースがいかに急激か想像できるだろう。ただし、西暦1000年前後の平均気温は中世温暖期と言われ、現在とあまり変わらない水準だった(その後近世にかけて寒冷化し、現在よりも-0.8℃ほど低い水準まで落ち込んだ)と考えられるため、1000年スパンで考えるとCO2の濃度と気温の関係はそれほど単純でもなさそうである。

実際に地球の短期的な気候変動には太陽活動が宇宙線を通して影響を与えているという学説もある。この説によると、今後太陽活動が弱まる時期に入る可能性が高く、そうなると地球はCO2の温室効果を考慮に入れても寒冷化していく方向にいくことが予想されているのだ。

このように地球温暖化が観察されたとしても、その要因についてはCO2主因説以外にも諸説あり、かつ今後の温暖化の動向についても同様で、実際のところどの説についても決定的な根拠と言えるようなものはないようなのだ。そういう意味ではどの学説もイーブンな取り扱いをされてもいいようなものだが、実際日頃私たちが見聞きするのはCO2による地球温暖化であり、学習指導要領に基づく教科書の内容もCO2主因説に拠っている。この学説を背景に各国の政策が検討され、そして一つの大きな動きとして各国がCO2削減を目標に掲げるという状況になっているのだ。

これは一体どういうことだろうか。まだCO2が決定的な犯人ではないのに、なぜか世の中はCO2削減の声で溢れている。他の学説の検証はどうなっているのだろうか。科学者は全員CO2主因説で決まりと判断しているのだろうか。科学の発展という視点から、この動きを検証してみよう。

科学的な学説の発展過程

科学的学説については、現状既に学会の間で確立され主流となっている、または最も有力と考えられている学説を「パラダイム」と呼ぶことにしよう。この呼び方は「科学革命の構造」(トーマス・S・クーン,1971)から借用している。

パラダイムは多くの科学者に後続研究するインセンティブを与える。なぜなら、その有力視される学説が正しいことを示す証拠やデータの収集が進めばその学説が更にブラッシュアップされ、既存の課題や問題を解明できると科学者たちが信じているからであり、また世間からも注目されているので資金も集まりやすい。こうして科学史に残る仕事を成し遂げれば自分の価値は高まる。そのため、パラダイムはそれを支持する科学者にとって他の学説を忘れさせ、自分の力をそこに集中させる効果がある。その結果、後続研究が盛んになり、観測装置等の設備が開発され、それによってその学説が正しいことを示すデータの入手が進む。

ここで、学説は一つの山場を迎える事になる。つまり、正しいと信じて証拠を集めようという精力的な活動は、得られたデータが理論と整合しないような事態を起こすことにもなるからである。

理論と学説が合わないことは当然ながら問題視され、その検証結果の妥当性や理論の修正などが試みられることになる。それでもなお説明がつかず騒がれ始めると、それまで鳴りを潜めていた他の学説や、全く異なる新規の学説などが雨筍のように湧いてくる時期を迎える。その中から、従来の学説の考え方に根本から変更を迫るような革命的な学説が現れる事になる。その後、新しい学説が徐々に優勢になるにつれ、かつてのパラダイムにいた科学者は新しいパラダイムに鞍替えするか、そのままかつてのパラダイムに固執するかのいずれかとなる。

かなり端折ってはいるが、これが科学者と社会の相互作用の中で発展していく社会過程としての科学革命の全体像であるのだ。言い換えると、科学革命が起こるのはそれ以前のパラダイムへヒト、モノ、カネ、時間、情報といった資源の集中投下が必要ということでもある。集中投下を続けている最中は、そのパラダイムにいる科学者は自身が信じる学説こそが正しいと考えているし、それが情熱の源にもなる。

では一体その情熱の源には何があるのだろうか。

「確信」の効果

パラダイムは科学者に集中を要求する。科学者もそのパラダイムが正しいと「確信」している限り、自らの時間や労力を惜しみなく投入する。

『確信とは、それがどう感じられようとも、意識的な選択ではなく、思考プロセスですらない。確信や、それに類似した「自分が知っている内容を知っている」(ともかく絶対にわかっているというニュアンス)という心の状態は、愛や怒りと同じように、理性とは別に働く、不随意的な脳のメカニズムから生じる』(「確信する脳」ロバート・A・バートン,2010)という説があるように、「確信」はあれこれ悩んで考えた上に起こるものではなく、自分で意識してできるものでもない。根拠がある訳ではないにも関わらず、絶対に正しいという感覚だけがある。こうした「根拠はないが、正しいという感じだけがする」という状態は、実は脳の特定の部位を刺激することで人工的に発生させることができる。何の前触れもなく神の存在を悟った、というような宗教体験も、こうした確信のような既知感を司る脳の部位の働きが何らか関与をしている可能性はあるだろう。

「確信」は上記のように、既存の学説のどれもが納得できるものではなく、新しい考え方を必要とするときに強力な効果を発揮する。既存の学説を否定するということは、「ここではないどこか」に答えを求めることであり、その可能性は無限にある。無限の可能性を一つ一つ検証することは非現実的であり、選択肢が多すぎてどの可能性を検討すればいいのか何も決めることはできない。

人間の思考という枠組みは孤立したシステムであるため、自分の知らないことを知ることはできない。知らないことがあるかもしれない可能性に対する恐れを無くさせるためには、どこかで無限に続く可能性への思考プロセスを止める効果を持つ作用が脳のシステムとして必要であり、それが「確信」なのだ、とバートンは言う。人間は確信することによって無限の思考プロセスを断ち、一つの思考へと集中できるような脳の仕組みを作り上げてきたのである。

確信の逆機能

強力な推進力の源となる「確信」ではあるが、これは意識的に発生させたものではなく、また理性的な判断によって発生したものでもない。そのため、自分の意識や理性というもので修正することも難しい。したがって、たとえ確信した内容と異なる結果が生じ続け、反証が示されたときであったとしても、その内容を受け入れられないという状況が生じてしまうのだ。新しい学説が現れたときそれを全く信用しない科学者や、特定の信仰心と矛盾するため受け入れられないというような人がこれまでも大勢いたことは、歴史が証明している。しかし、この一面を持ってして「確信」を悪と決めつける訳にはいかない。確信の機能は科学の発展どころか、人類の進化に大きく関与してきているはずだからだ。

ストックデールの逆説

これまでの話をまとめてみよう。

  • 地球温暖化という現象については、直近だけで見ると確かに気温は高くなっているが、地球の歴史から見ると何度も繰り返してきた変化の範囲内であるとともに、カオス的遍歴を持つ地球の気候変動を少数のパラメータで予測することは難しいと思われる
  • 温暖化の根拠としてCO2が主因であるというのは一つの有力な説(パラダイム)に過ぎず、他にも温暖化の根拠を説明する学説は存在している
  • にもかかわらずIPCCの主張やEU諸国で積極的に推進されていることなどを背景に、CO2を削減しようという動きは世界中に広まっている
  • CO2削減に注力するというスタンスを取ることでこのパラダイムに資源が集中し、さまざまなテクノロジーが開発され、さらに証拠を集めることも可能となる
  • CO2主因説が絶対的な正しい説ではないため、確信によって導かれている多くの科学者や政策立案者は、今後証拠が集まることで自説が覆る可能性については否定できない。しかしそのことを認めることは、「確信」が自らの意思ではなく不随意的に生じるものである以上、難しい

重要なのは、これこそが唯一の正解であり、これが世の中の正義である、というような「原理主義者」にならないことである。「我々の目の前には常に複数の選択肢が転がっている。それを見ようとするかしないかは、我々一人ひとりの人間に委ねられている。」、このような言い方をすると、大抵の人は頷くだろう。一方、自分の中で生じている何らかの「確信」が、時に逆機能として働き、それが現実を見る目を歪めてしまうことになっているということは、あまり意識されていないのではないだろうか。

最後に一つ。「ストックデールの逆説」という有名な一文をご存知だろうか。「最後には必ず勝つという確信、これを失ってはいけない。だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分が置かれている現実の中で最も厳しい事実を直視する規律とを混同してはならない」(「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」,ジム・コリンズ,2001)

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