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スキルについて考えてみよう

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2020.11.10

ディレクター 前田英治

コロナ禍が続く中で求められる「事業再生スキル」

東京商工リサーチが発表した2020年4月〜9月の企業倒産件数は前年同期比9%減少となる3,858件となり、過去30年間で最も少ない水準となった。

この5月に民事再生手続きに入っていたアパレル大手レナウンなど印象的な事例もある中で、コロナ禍への対応策として政府や金融機関が実施した資金繰り支援が功を奏した形だが、一方で、この状況がいつまで続くのかという不安は燻り続けているというのが多くの経営者が実感しているところではないだろうか。

資金繰りが逼迫してくると金融機関からの借入が必要となることもあるが、金融機関は独自に貸出し先のクレジットを管理しているため、いつでも融資がおりるわけではない。時には、業績改善の見通しを数字と文章で表現して欲しい、と言われることもあるだろう。

そうした時に、社内で必要な改革などを指揮するとともに、その数値効果を将来にわたって取りまとめ、金融機関が求めるレベルで説明を実施することは意外と難しい。またそれを、現場レベルに落としこむこともできる人材を何名も抱えているのは、知名度もあり人も集まる一部の上場企業などに限られる。しかしながら、危機的状況においては、こうした役割を果たせる人材が企業にとって必要不可欠なのである。

そもそも「事業再生スキル」とは何なのか?

実際にここ数ヶ月、再生畑を目指す会計系のプロフェッショナル・ファームのメンバーも少しずつ増えてきているようである。私の肌感では、おそらく今後必要とされる事業再生のスキルを身につけておき、マーケットで高い価値をつけられたいと考えているケースが多いように思える。

確かに事業再生のスキルは今後必要度を増してくるだろうし、財務知識やコンサルティングの経験と相性が良い。しかし、この業界に長年身を置いている人間からすると、「事業再生スキル」の中身はいまだによく見えてこないのである。様々なスキルの集合体と考えることもできるかもしれないが、それでも今一つしっくりこない。

そこで、今回は「事業再生スキル」とはそもそも何なのかということについて考えてみたい。

「スキル」の定着プロセス

まずは幅広く「スキル」がスキルとして成長し、定着するプロセスについて考えてみよう。

あるインプットに対して、あるアウトプットの発生を目的とする「何らかの働きかけ」が作用し、特定のアウトプットが発生するというプロセスを考えてみよう。例えば、エクセルの特定の関数をうまく組み合わせて、データベースから適切な値を間違いなく引っ張ってくるというのは「エクセルのスキル」である。これがあるのとないのとでは、エクセルを用いたデータ処理に大きな生産性の差が生じることは想像に難くない。

この場合のインプットは大量のデータであり、アウトプットはそこから必要な値を間違いなく引っ張ってくることである。このスキルを身につけるには色々な関数を組み合わせるなど試行錯誤して、ミスが少ないロジックで値を引っ張ることが必要だ。数式が機能すればすぐに結果が分かるし、機能しなければエラーが出るなどして、いずれの場合も瞬時にフィードバックを得ることができる。

ここから、あるインプットに対してあるアウトプットを目的とする働きかけが「スキル」であるためには、次の2つの前提条件が必要となるのではないだろうか。1つは再現可能性が高いこと、もう1つはインプットに対する働きかけのフィードバックが確実に認識できることである。

ある時は再現されるが、ある時は再現されないのであればそれを「スキル」と呼ぶには違和感がある。また、フィードバックを得るまでに相当長い時間がかかったり、特定のアウトプットに影響を与える要素が多すぎてスキルによってそのアウトプットが得られたのかどうか特定し難い場合も、それがスキルとして確立されているとは言い難いだろう。

エクセルの場合、インプットとアウトプットの関係が時間的に極めて近く、また同じ処理をすれば同じ結果が得られるので「スキル」は確立されやすい。では、「事業再生スキル」についてはどうだろうか。フィードバックがそもそも得られないケースも多く、また事業が再生するまでにかかる時間も多ければ影響因子の数も多い。

これらが「事業再生スキル」の実態が掴めない一つの大きな原因になっていると思われる。

では、そもそもなぜ実態が掴めないものがスキルとしてあたかも存在しているかのような事態になっているのか?これを紐解くには、少し目線を他分野に逸らせてみる必要がありそうだ。

熱力学における不可逆性

我々は水を沸騰させるにはコンロに水を入れたヤカンを置いて100度まで熱する必要があることを知っているし、沸騰した後放置すればだんだんお湯の温度は下がっていくことを知っている。この当たり前の現実は、熱力学の第二法則(沸かしたお湯は外気に触れると時間経過とともに自然に冷めるが、この逆、つまり冷たい水が自然に沸騰することはなく、必ず外部から熱を与えるということをしなければならない)として世に知られている。

なぜここで熱力学の話が出てきたのか。それは、「事業再生スキル」の目指しているアウトプットが生じた時(すなわち事業が再生した時)、このアウトプットにはこのスキルが必要だった、と後から言えることはあっても、事前に「このスキルのセットがあれば目指すアウトプットが生じる」とは言いにくいという、この一種の不可逆性が熱力学に内包される不可逆性と概念レベルでリンクしているからである。

熱力学と時間の関係

熱力学は系の温度、圧力、体積など巨視的物理量を扱う学問である。ここではその内容には立ち入らないが、一つだけ重要な点として挙げられるのは、気体の「状態」を測定するものとして、圧力や体積、温度といった「外から測ったり変化させることのできる物理量」を扱っているのみであり、気体を構成している個々の気体分子がどのような動きをするのかについては何も語っていないという点である。つまり、熱力学はミクロな気体分子の動きは捨象し、あくまでマクロな視点において平衡状態にある系(静かなテーブルの上に置いてあるコップの中の水をイメージすれば良い)の物理量に着目しているという点である。このようなマクロな視点に基づくからこそ、先述の熱力学の第二法則が生じるのであるが、これはある点において熱力学の第二法則を他の物理学の分野における世界の基本方程式と大きく分け隔てることになっている。

熱力学の第二法則以外の物理学の基本方程式で時間が変数として用いられる場合、その方程式は時間反転対象性を満たす(時間tを-tに置き換えても成立する)ため、過去から未来への流れだけではなく、未来から過去への時間の流れを想定しても基本的に理論は崩れない。一方、熱力学においては過去と未来は明確に区別される。これを時間の矢という。

時間の矢とは、時間は過去から現在、そして未来へと流れるものであり、その流れは一方通行で決して逆に流れることはないという日常生活の中で至極当然のように受け入れられているものの、物理学の世界では問題になった(現在も未解決問題として挙げられている)ため、このような名前が付けられた。

熱いものは冷めるしかなく、その逆は起こり得ない。我々は熱いものが冷めた時、そこに時間の経過を感じる。

振り子の運動を録画して再生した時、私たちは過去から未来への時間の流れを感じることはできない。なぜなら、その録画データを巻き戻しした時と再生した時とでは全く同じ映像が流れるからである。しかしどこかで振り子が止まった時、我々は時間が流れたことを認識する。なぜなら、映像を巻き戻すと止まっている振り子が外部から何の作用も受けることなく自然と動き出すことになるが、そんなことはあり得ないと経験則で分かるからだ。

この時、振り子として振動している部分が受ける空気抵抗や支点に生じる摩擦により、振り子のもつ位置エネルギーや運動エネルギーは熱として空気中に散逸している。我々が時間の経過を感じる時、そこには必ず不可逆な変化が起こっている。

コップの中で静止している水を見た時、私たちの目ではその中で激しく動き回っている水分子を見ることはできないが、実際はコップ1杯の水の中に存在する水分子が取り得る配置の数は無数にある。しかし、私たちにはその違いが認識できないため、どのような配置だったとしてもそれが平衡状態を保っているのであればそれらはすべて「同じ状態」として認識される。これがマクロな視点で見るということであり、ミクロレベルで存在するはずの様々な「あり得る可能性」は捨象される。そして、マクロな視点で物事を見るからこそ、そこに不可逆変化が生じ、時間の感覚が生まれるのである。

ミクロ再生モデルの構築

さて、本回は物理学の講義ではないので話を元に戻そう。ここから先の話は決して事業再生のプロジェクトに限られた話ではないと思うが、ここでは事業再生の話を中心にさせて頂く。

ある会社において事業再生のプロジェクトが必要になったとしよう。外部のコンサルティング会社がプロジェクトメンバーとして参画し、会社の役員や従業員、社外の金融機関や株主など様々なステークホルダーとの間で行われるやりとりが始まる。事業再生のプロジェクトリーダーは会社の役員や従業員と共に、あるべき事業再生の姿を考え、それらを実行に移してゆく。この間、再生プロジェクトチームはデータ分析やヒアリングを行い、会社役員や従業員と意見をぶつけ合い、それらを何度も繰り返しながら一つの絵姿が見え始めるというプロセスを辿ることが多い。この間にも、特定の人と人との会話が無数にあり、その会話一つ一つをとっても思い違いがあったり意気投合するなど、話す人によっても内容は異なり、話す順番によっても相手の受ける印象は異なったものが形成され、それらがプロジェクトチームと会社との信頼関係を微妙にプラス方向に傾けたり、マイナス方向に傾けたりしながら話は進んでゆく。そして途中で想定していなかったような事態も多々発生し、その都度対応策を追加で検討せざるを得なくなるなど、何一つとして決まったレールの上を動くような事象は起こってこない。

このような無数に発生する関係者同士の1つ1つの相互作用や、その他の影響因子を取り込みながら再生へと時間発展していくようなモデルを、ここでは「ミクロ再生モデル」と呼ぶことにしよう。

ミクロ再生モデルでは、インプットとアウトプットの関係はそれぞれ個別の相互作用の中で完結する。エクセルを用いて分析を効果的に行う時、データをインプットとしてエクセルのスキルが発動され、それが意味のあるアウトプットとなる。対話のスキルで言えば、ある場面において対面する人の価値観や問題意識などを念頭に置きつつ、自分の意見を発することよりもまずは相手の話を聞く(インプットする)ことでスキルが発動され、相手との信頼関係が芽生えはじめるアウトプットとなる。このように、インプットとアウトプットの関係に再現可能性があり、かつ結果がすぐにわかるものについては「スキルが発動された」と理解して良いだろう。こうした相互作用が無数に積み上がった先に、何らか一つの事業再生の帰結を迎えることになるが、その帰結は無数の相互作用の結果であるため、事前に特定のスキルがその結果を生み出すとは言いづらい状況が生じる。

事業再生には「事業再生スキル」があると見ることは何を意味しているか

ここで、「事業再生スキル」について再度考えてみよう。実際に「事業再生スキル」と言われる場合、その中には財務やビジネスの分析力、交渉力、人間力など様々なものが含まれると言われることが多い。確かに財務のスキルがなければ再生の絵姿を計数計画に落とし込むこともできないし、分析力がなければ何が真の課題かも見当がつかない。交渉力や人間力がなければ社内や社外を巻き込むことが難しくなる。しかし、仮にこれらのスキルが「事業再生スキル」の構成要素として、「事業再生というアウトプット」を生み出すものだと想定すると、事態は異なってくる。

さきほどの「ミクロ再生モデル」で述べたように、実際の再生プロセスが無数の相互作用の時間発展として成り立っていると考えると、「事業再生というアウトプット」を生み出すものとして「事業再生スキル」をそこに見出すということは、財務、分析、交渉、対人関係などのスキルを無数にあるスキルや影響因子の中から選びとり、それらと「事業再生というアウトプット」 との関係をマクロに視ることを意味する。これらのスキルをマクロに視ようとした瞬間に、スキルと事業再生との因果関係が形作られる。

これは熱力学の例で言うと、ヤカンの中で水が沸騰する様をヤカンにかかる圧力や内部の温度、容積などのマクロな物理量に着目してその平衡状態を論じようとすることと同様である。マクロに捉えようとした結果、時間の矢を意味する熱力学の第二法則が導かれ、過去と未来とが区別されることになった。過去と未来を区別するということは、そこに因果関係が生まれるということでもある。因果関係が成立する条件の一つとして、時間的順序(原因が先で結果が後)が要請されるからである。時間的順序を間違えさえしなければ、人間の左脳は何かにつけて物事に特定の原因を見出そうとする傾向が強い(時には捏造しさえする)ため、因果関係が成立することは困難ではない。

マクロ視により失われたもの

さきほどのヤカンの例を続けると、熱力学が対象としているのはマクロな物理量であり、そこでは内部の個々の水分子の動き方や各原子が及ぼす相互作用は捨象されている。そのため、ミクロな領域、例えば原子核の周りを回っているとされる電子がなぜ回転運動によってエネルギーを減らさずに永久に回転運動を続けられるのかという問題を熱力学では答えることができない。

同様に、「事業再生として必要なスキルは財務、分析、交渉、対人関係だ」と(仮に)言う場合、ミクロ再生モデルで時間発展している事業再生の現場を財務、分析、交渉、対人関係のスキルとそこから発生する「事業再生というアウトプット」との因果関係として捉えると宣言していることに他ならず、そこに含まれない無数の相互作用から生じる可能性―例えば特定の経営者との親交とそこから生じる未来の事業の可能性や、新たな自分自身の適性など、事前には想定してこなかったであろう結果―は捨象されている。

では、なぜこのように大雑把な括りで確認できる項目のみに着目し、それとアウトプットの関係性に着目した「事業再生スキル」が中身を伴って存在しているかのように思う人が多いのか?

本稿で述べた「スキル」が存在するために必要なインプットとアウトプットの関係を満たしそうにない「スキル」は、マクロ視することによって作り出された因果関係の上に「あるかのようなスキル」であり、確かに後から見れば必要と言えなくもないが、それがあるからと言って想定したアウトプットが生じるとも限らない。且つ、そこにある可能性を見えなくするような、取り扱いが難しいものである。ただ一方ではスキルは特定のアウトプットとの結びつきを連想させやすく(なぜならスキルが発動されると認識されるのはアウトプットが発生するタイミングよりも時間的に前だから)、価値があるものとして商品化されやすい。

商品化されたスキルにあえて乗ってみるのも一つの考え方ではあるが、「あるかのようなスキル」の獲得のみを目的としてしまっていては、実際に現場に身を置いた時に生じる可能性に目がいかなくなってしまう危険性もある。こうした背景を捉えた上で、スキルとは一体何なのだろうか?ということを考えて見ることは無駄ではないだろう。

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