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「主体性」についての考察

Insight

2020.09.02

ディレクター 前田英治

主体的に動けないと在宅勤務はできない?

コロナ禍が在宅勤務の推進を誘発し、働き方に関する考え方も随分と変わってきている。企業では緊急事態宣言後も元の出社スタイルに戻さず、在宅勤務を続けているところもあり、こうした動きが今後もある程度浸透していくものと思われる。

私も実験的に在宅で仕事を進めてみたが、今後もし在宅勤務のような働き方が当たり前になっていくのであれば、主体的に動けないとキツイのではないかと思ったことがある。これまで日本では、そこまで在宅で仕事をする習慣は根付いていなかったため、仕事が捗るような机や椅子を用意していた人は少なかっただろう。そういう環境下でダラダラしたくなる誘惑を押し切るのは、なかなか難しいことではないだろうか。

経団連の2018年の公表によると、企業が学生の採用選考にあたって重視しているのはコミュニケーション、ついで主体性だという。この順位はここ10年近く変わっていない。企業は主体性のある学生を求めているのである。

主体性があるとはどういうことか?

そもそも「主体性がある/ない」というときの「主体性」とは、一体どういうものなのだろうか。調べてみると、「自分の意志・判断に基づいて自ら責任を持って行動する」とある(大辞林第3版)。この定義に異論を持つ人は少ないだろう。

さて、では周りに耳を傾けてみると、「あの人は決められた最低限のことしかやらない、主体的に動けない人だ」「いつも指示待ちで受け身だ」といった表現がよく使われている。特に会社の上席者が部下を評して言う場合が多いと感じる人が多いのではないだろうか。

ここで、一つ思考実験をしてみたい。 「主体性を持たないという方針を自分で決めている人がいるとして、その人は主体的なのか、それとも受け身で主体的ではないといえるのか、どちらか?」というものである。 主体性を持たないのであるから、その人は主体的ではないと言える。他方、主体性を持たないということに対して自らの意志でそう決めている点に着目すると、主体性があるといえる。どちらとも言えるし、どちらとも言えない。こうした矛盾が発生することからわかるのは、主体性の主な構成要素となる「意志」の概念が今ひとつクリアになっていないということである。

意志の謎

我々は普段、例えばダイエットに失敗したときに「意志が弱い」などと表現することがあるが、この発言をする背景には以下の3つの前提が存在していると考えられる。

  1. (例えば)甘いものを食べないという決意と、それによって律される個人の欲望のようなもの(甘いものを食べたい)が対立し合う構造
  2. 望む結果が得られなかった(甘いものを食べてしまった)ことの責任は自分にあると認めていること
  3. 意志がまず自分の中から湧き上がり、その意志が行動を決めているという因果関係

まず1点目であるが、決意も欲望もどちらも自分の中から湧き上がってきたものであるという点からすると、どちらも「意志」なのではないかと考えられる。

ついで2点目は、「甘いものを食べてしまった」という、現実に行為として現れたことに対する責任であり、これは1点目でいう「欲望」が「甘いものを食べてしまった」という行為の原因だったと同定していることを意味する。つまり、行為の前の段階では自分の意志としては決意も欲望もどちらもありえたものが、行為の後になってから「実は欲望が自分の意志でした」と決められているのである。

これは一体どういうことだろうか?意志が行為を決めているはずが、行為の後になってから「自分の意志はこれでした」と「認定」される現象をどのように理解すればいいのだろうか?

意志は存在しない?

ここで一つ、重要な実験を紹介しておこう。我々は意思決定が起こってから行為にうつされるということを当たり前のように感じているが、実はそう簡単な話ではなかったことが1983年にアメリカの脳神経生理学者ベンジャミン・リベットにより明らかにされているのである。

リベットらの実験によると、少なくとも行為を開始する0コンマ数秒前には行為を意思決定したと意識される脳内の電気信号が読み取れるが、さらにその0コンマ数秒前に行為を促す電気信号が無意識下から発せられていたのである。

つまり、「こう行動しよう」という意識的な決定のほんの少し前に、無意識下では行為が既に決められていたということである。にもかかわらず我々は意思決定の後に行為をしていると信じているのは、無意識下での決定の後にそれが意識として現れるまでのスピードが行為にうつされるまでのスピードよりも速いため、結果として意思決定がされてから行為を起こしていると感じているにすぎない。

以上から、次のことが言える。

  • 主体性を構成する主な要素である「意志」が行為に先立って発生し、行為の内容を決定しているとするプロセスについては、現在少なくとも脳神経生理学的見地からは肯定的見解は出ていない。
  • したがって「あの人は主体性がない」と言う場合、主体性と呼ばれる「何らかの行為の開始地点」を個人に明確に還元できない。
意志の役割

ここで先ほどの問いに戻ろう。意志は行為の原因とはならない。しかし行為の後になって「自分の意志はこちらでした」と宣言するような事態が生じている。意志が行為の原因ではないなら、あえて後になってから自分の意志が行為の原因でしたと宣言する必要はないだろう。これにはどう言う意味があるのか?

実は、これには「責任」の概念が深く関わっている。

望ましい結果が得られなかった時、誰かが責任を取らなければいけない。責任を誰かに取らせることによって、私たちは社会の秩序を維持している。その責任はどのようにして決められるか?それは、「その望ましくない結果を防ぐことができたかどうか」により決まる。

その結果を防げないような組織内のポジションにいた場合、その人が責任の多くを負わされることは少ないだろう。多くの場合、望ましくない結果を自らの意志及び自らの権限によって避けることができた立場にあったのは上席者である。一般的に上席者の方が、責任が重くなるのはこのためである。

しかし一方で、その上席者の意志を決定しているのは、無意識である。責任を求める前提となる行為の原因たる意志の存在をその人に還元しようとすればするほど、その人の意志との因果関係が明白ではない無意識の領域に入ってしまう。その無意識を形成した原因を辿ることは現実的には不可能である。

これでは誰にも責任が問えなくなってしまい、人間社会は無秩序の世界となってしまう。そこで求められるのが、「その人にはそうする意志があったものと後から見なすこと」である。これが責任の本質であり、人間社会において「意志」が果たしている真の役割である。その人が「意志」を起点に行為をしたことが事実として証明されたから、その人に責任があるというわけではないのである。

その人に意志があったとみなすことによって、人間社会は秩序を保っているのである。

「あの人には主体性がない」の分析

ここで、あらためて「あの人には主体性がない」と誰かが他人を評して言った場合、それは何を意味しているのか考えてみよう。

主体性を構成する主な要素である「意志」も「責任」も事後的にそれがあったとみなされるものである。よって、主体性という概念も何らかの現象が起こったときに、事後的に「主体性がない」と認定されるようなものでなければならないはずだ。

上司が100の期待水準を持つ時、例えばそれを部下に70だけ指示したとしよう。その時70をきちんとこなしたとしても満点の評価にはならないだろう。上司からすれば残りの30は指示しなくてもやってほしかったからである。

一方で部下からすれば期待水準が100であることを明確に伝えてもらわなければ、終わったと思った仕事にまだ残りの30があったことに気づかないこともあるだろう。その残りの30の部分を忖度して埋めていくことを期待されても困るのである。

これらは期待水準に関する上司と部下のコミュニケーションの話であるが、上司からすると部下を評価する権限があるため、「あの人には主体性がない」と、残りの30の部分が実現しなかった問題を本人の資質として評価することができてしまう。

しかし、ここでよく考えなければいけない。主体性がないから望ましい結果が得られなかったのではなく、望ましい結果が得られなかったから主体性がないと判断しようとしていることを。その時、暗黙の前提として優先されているのは、そう判断することによって維持される組織の秩序である。意志が機能するのはあくまでも社会の秩序を維持するためであり、それ以上のものではないのだ。

あなたに「あの人には主体性がない」と言う時があったとすれば、それは問題そのものを指摘しているのではなく、このような前提を改めて再確認しただけだということを忘れてはならない。

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